社史

セイカグループの社史

  • 世界品質の顔料中間体を目指して
  • 変化への適合と企業体質の変化
  • グループの総合力を全面展開へ

グループの総合力を全面展開へ

年号 セイカグループの歴史 時代背景
1996

竹田純久が社長に就任

1996(平成8)年1月、40年以上にわたって経営トップとして当社の業容拡大と社業の発展に取り組んできた創業社長の竹田實が代表取締役会長となり、副社長だった竹田純久が新しく和歌山精化工業の代表取締役社長に就任した。 経営新体制の誕生となったこの年、1996年度の指針は「新たな飛躍へ 総力結集」である。新しいリーダーのもとにセイカグループ各社が一丸となって飛躍するという決意を込めたものだった。
竹田純久新社長となった竹田純久 住専処理法成立

O157集団食中毒発生

この頃より携帯電話急増
2001

ISO9002に続いてISO14001の認証取得へ

1995(平成7)年、最初に和歌山精化工業本社でジクロジンHの製造に関してISO9002の認証を取得。それに続いて海南工場、南陽化成でも認証を取得し、1998年にはセイカグループの製造部門すべてにおいて完全にISO9002対応となった。 セイカグループでISO9002を統一審査登録して以降、次に取り組んだのはISO14001だった。

環境マネジメントシステムの構築には苦労が多かったが、ISO9002を導入した経験を生かして2000年7月には和歌山精化工業本社工場が本審査にこぎつけ、審査登録機関であるJCQAからISO14001の認証を取得した。また、同時並行的にセイカ商事海南工場でもISO14001の導入を進め、2001年9月には本社工場に続いて認証取得を果たした。
ISO14001ISO14001の登録証 中央省庁が再編され、1府12省体制に

米国映画のテーマパークUSJが大阪市にオープン

米・同時多発テロ事件発生

BSE(牛海綿状脳症)が千葉で発生、北海道・群馬に広がる
2005

和歌山精化工業が創業50周年を迎える

2005(平成17)年5月27日、当社は50回目の創業の日を迎える。故会長の竹田實が僅か従業員4人とともに「和歌山精化工業」を興し、ほとんど独力で黄色系顔料中間体DCB(ジクロジンH)の国産化に成功してから、半世紀という時間が流れたことになる。

創業50年を迎えるに当たり、記念祝賀会が開催され、また記念事業の一環として社史「技術が拓く未来」が発刊された。
50周年記念祝賀会50周年記念祝賀会の様子 技術が拓く未来創業50周年を記念して発刊された50年史「技術が拓く未来」 中部国際空港開港

京都議定書発効

愛・地球博、名古屋にて開催

個人情報保護法施行
2006

「元気なモノ作り中小企業300社」への選定と「企業の森」への参画

2006(平成18)年4月、当社の持つ技術力や社会に対する貢献度が認められ、経済産業省中小企業庁より「元気なモノ作り中小企業300社」に選定された。 また同じ年、和歌山県の推進する、「企業の森」事業に参画。「セイカの森」と名づけられた植栽地には、従業員およびその家族らの手によって、苗木を植える植樹祭が行われた。その後も定期的に行われる下草刈りには、多くの社員・家族が参加し、交流・憩いの場としても活用されている。
セイカの森「セイカの森」植樹祭の様子 第1回ワールド・ベースボール・クラシックで日本代表が優勝

景気拡大期が「いざなぎ景気」を抜く
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